どうでもいい作品


第1話…親父バーグ〜前編


  ひき肉をこね始めて30分が経つ。
 吾籐家の土日の夕食は父親が作ることになっている。
 父、伊知朗はこの当番の食事を作る際、いつもハンバーグしか作らない。


  子供が生まれる前、妻に上手い具合に言いくるめられて連れて行かれた
 「ニート是枝の、お父さんのためのゆかいな料理スクール」の体験入学で
 運命的な出会いにより、ひき肉の手触りに目覚めてしまったのだ。
 「休みはオレが晩飯作るよ」
 家事の分担は、伊知朗が自分から言い出したことだった。


 余談。
  伊知朗が料理スクールの体験入学に参加したのは5年前のことであり、
 ニートという言葉は一般には知られていなかった。
 フランスの一流ホテルでのシェフ経験を持ちながら、
 日本の一般の男性にも料理を楽しんで欲しいと帰国した是枝団次(当時38)は、
 「兄ちゃんと父ちゃんの中間のような存在」という
 存在でいたいということから自ら「ニート是枝」と名乗り、
 男のための料理学校を設立する。
 現在、料理学校の経営に失敗した是枝は日本で一番多くの人が住んでいる
 公園に段ボールと青シートの住まいを構え暮らしている。
 その辺に生えている雑草で作る料理が案外イケると周りの仲間から評判だ。



 戻る。
  もう1時間半ひき肉をこねている。こねくりまわしている。
 伊知朗はいつも午後の比較的早いうちから料理を始めるのだが、
 毎度毎度家族が食べ始めるのは20時過ぎになる。


  あめ色になった玉ねぎと共にひき肉を混ぜて2時間ほど経った頃、
 一人息子の肉(「肉」と書いて「ミート」と読む、4歳)が
 長めの昼寝から起きる。
 そうしたら、これも毎週恒例、親子のキャッチボールの時間。
 
 また余談。
  肉、4歳は若かりし頃の貴乃花に似ている。
 若い頃、それは貴花田時代ではなく、バナナマンの日村氏がモノマネをするような、
 「あどで〜」と言っているような時期の貴乃花に似ている。
 いや、むしろそのモノマネをしている芸人に似ている。
 

 戻る。
  昼食を食べた後、しっかりと充電した肉のエネルギーはすさまじく、
 伊知朗は手を洗う暇もなく外に連れ出される。
 近頃の自治体の政策によりあらゆる遊具が撤去され、公園と言うよりも
 広場と言った方が近いような5丁目の公園が親子ふたりの遊び場だ。
 

  キャッチボールに使用する軟式のボールも、それを捉えるグローブも臭い。
 汗臭いのではない。ひき肉臭いのだ。
 ひき肉への偏った愛情のあまり、伊知朗はこねだしてから1時間もすると
 両手を使い出してしまっていた。
 その手を洗わずにキャッチボールをはじめるため、息子である肉に対して
 ひき肉臭いボールを投げ、肉がひき肉臭のボールを取り、投げ返す。
 肉が投げたひき肉臭の球をひき肉と皮の融合したにおいを発する
 グローブで受け止める。
 だんだんとその様は親子間でハンバーグの形を整える、
 どこかの職人芸みたいなアクロバティック調理に見えてくるのだった。
 時々ラーメンを飛ばす人とか、ピザを豪快にぶん投げる人を見るけれど、
 それでまずかったらどうしようもないと思う。





 …つづく。

 なんとなく思いつきではじめました。
 ある程度は続けます。少しだけ構想があるので、
 それをちまちま書いていこうと思います。


 ポッドキャストは明日深夜収録、明後日には更新予定です。