なぜ「シフクノオト」よりも「I ♥ U」の方が(個人的に)好きなのか

 …久しぶりに書きます。久しぶりなのは、いつもサークルの練習は楽しいけどしんどい、しんどいけど楽しい、とか、もっと楽しくしていくことはひとりひとりのちょっとしたことでしていけるはずとか、そういうことしか書けないからです。まぁ、今後はいろいろと工夫して書いていきたいと思います。


 で、タイトルの話なんですけど。
 20日の火曜日に、Mr.Childrenのアルバム「I ♥ U」を買ったんで、それについて、自分勝手にテキトーに書いてみようと思います。
 とりあえず、このアルバム、買ってから今日まで、移動中とか家でずっと聴いてます。この、ずっと聴けているという状況が、自分にとっては少し意外だったりします。
 何でかって、前のアルバム「シフクノオト」は、良いアルバム、すごいアルバムだと思いながらも、たいして聴いていないから。何度も繰り返し聴く、ってことをしなかったので、今回もそういう感じなのかな、と思ってみたら、現時点でもう何度も繰り返し聴いてしまってます。


 何でだろう?と考えてみました。そのために、「シフクノオト」を聴き返して見たりしました。そしたら、やっぱり今回のアルバムの方が個人的には好きで。
 「シフクノオト」は「至福の音」だったり、「私服の音」だったり、「〜ノオト」が「note」だったりするわけで、本当に自然な感じで鳴らされている音だったり、音を出すことの喜びだったり、桜井さんのメッセージがシンプルに、するっと伝わってくる作品で。必要な音、必要な言葉しか入っていないような感じで、だからすごいなぁ、とか、だからかっこいいなぁ、とかそう思ってたんですね。
 ただ、私の場合、どこかひねくれているので、その「シフクノオト」のシンプル過ぎるところが、きつかったんですね。大き過ぎて、まっすぐ過ぎて、伝わりすぎるから、一度聴いてお腹一杯になってしまって、何度も聴けない感じだったんですね。物事の節目節目に聴くような感じで。ものすごいスピードのストレートが飛んでくるから、こっちはどっしりと座って、ミットをかまえて聴かないと、って感じで。
 そして、今回のアルバムなんですけど。別に、メッセージが小さくなったとか、伝わりづらくなったとかではなく、程よい感じで「遊び」が入っているような感じがして、聴きやすくて、好きなんです。音にしても、歌詞にしても、重すぎて当たったりすることがないんです。憂う部分も前回のアルバムよりも多く曲の中で書かれていて、そこからいろいろなモノへの愛に繋がっていて、自分の目線で曲に入りやすいんです。非常に生々しい感じがして、聴く度に曲の違う動きを発見できる。ある種、そういう動きに逃げる事でまっすぐメッセージを受け止めることからの逃げ道がある、ってことで、何度も聴けるんです。こっちのアルバムは、キャッチボールぐらいの感じもあり、変化球も入っていて、知らない間に球を受け止めてるとか、そんな感じなんです、多分。



 なんだか、そんな感じなんです。まとまっていないけれど、そんな感じです。どっちも良いアルバムだけど、大事なときに聴くのは「シフクノオト」で、何度も繰り返し聴くのは「I ♥ U」だと思うんです。
 聴く音楽によって今自分のいる場所も変化するし、いる場所によって音楽も変化するよな、とかそう思ったりもするのでした。