迷子って気づいていたって気づかないふりをした。

 欲しいものは強がることのできる場所と泣くことのできる場所、どうも、らじです。これに関してだらだら書いてもどうこうなるものでもないので、欲しいとだけ書いておこう。欲しい。
 最近は練習の帰りがひとりで、そんなことでさびしくなる。まぁ、いても大半地下鉄駅と一区間ぐらいなんでしょうけど、それがさびしい。地下鉄一区間でさえもひとりなのかと。まぁ、これをまただらだら書いても意味がない。
 練習、活動方針総会。
 名混というものの中でも、アイドルとかロックとかパンクはあって。長くいればいるほどその役割を「やらなきゃいけなく」なってくる。ただ、それはいやいやであるようなやらなきゃいけない、でもなくて。突き詰めれば突き詰めるほど、使命感のようなものでやらなきゃいけなくなってくる。何でも突き詰めれば、使命感は出てくるし、何より、論理的になってくる。算数から好きになって、突き詰めていって、数学になり、どんどんと論理的になってくる。文章とかも、好きで、突き詰めていくと、たぶんひとつの文でもいろんな構成要素があって、どこがどうしてあるから、この一文は面白くて、必要か、見たいな感じにもなるだろう。音楽だって、伝えようとして突き詰めていけばどんどん論理的になるのだ。なんかよくわからんが、論理的ってことは説明ばっかで理屈っぽくて嫌だ、ってことではなく必要だ、ってことだ。自分たちで突き詰めていけているか、ってことだから。まぁ、私みたいなようわからんポジションにいる人間は、アイドルがアイドルとしていられるように、パンクがパンクでいることに耐えていられるように、ローディーか?マネージャーか?イベンターか?レコード会社の人か?その辺にいるのである。評価されにくいポジションでも、やらなきゃいけないと自分で思っているのでやる。自分で思っているからできるのである。別にえらくいわけでもなんでもない。アイドルだってアイドルしたくない場面でもアイドルであることに決めたのだからアイドルしているのだ。パンクはパンクでいたくなくても、パンクしなければならないからパンクするのだ。誰だってそうだ。これからもそうだ。アイドルでもパンクでも、そういう面では誰だってロックだ。もう、わかる人だけわかればいいや。
 あとひとつ。何をやるにも、落とし前をつけられるかどうかだ。責任とって落とし前つけられるのなら、何をやったっていいんだろう。人を殺しちゃだめなのは、どうやっても落とし前をつけれないからだ。道理を通せば何をやってもいいけど、道理が通らないならばやってはいけないのだ。壊すなら立てねばならんのだ。それなりの覚悟が必要だ。そんなものだ。



 また作品を書かなかったなぁ。テーマも欲しいです。自力でゼロから、難しいですね。
 あぁ、文章をかるく、わかりやすくしたいなぁ。熱いキャラでもないしなぁ。カラオケ行って、カラオケでカラオケ向きでない曲を歌いたいなぁ。
 明日も演出局会、がんばろう。