簡単な平日、無残な休日〜第3話


 部屋の壁にはオーランド・ブルームの主演した、オシャレな映画のポスターが
 貼ってある。この部屋の持ち主は、どうやらその映画を見た事はないらしい。
 女の子が部屋に来た時に食いつきがいいから、という理由で貼っているらしいが、
 この部屋に入ったことのある女性は今のところ母親のみ…
 そんなボケと、それに対するツッコミが、ここ最近の休憩時間の定番に
 なっている。
 生徒と言う名の客のニーズを満たすのは難しい。さらに、実際にお金を出すのは
 その親なのだから、なおさら難しい。どちらにも体裁よくしなければならない。
 表と裏、本音と建前だけではなく、もう何個か自分の中に持っていないと、
 どこかで蔑まれて見られそうで、ふと怖くなる。
 最終的にどれかを本心と言うことができるように、とりあえずたくさんネタを
 持っておいて、言ったことから嘘にしていく。



 「先生は明日の休みはどうするの?彼女とデート?」
 微分の導入の説明を終えた後、少しの隙をつくようにその映画好き(気取り)の
 高校生が聞いてきた。それまでとは明らかに目つき、顔つきが違う。これまでは
 食べられない給食を見つめ続ける小学生のように説明を聞いていたのに、
 一瞬のうちにはじめて野球場へいく子供のような目になっている。
 「いや、明日は君の成績がどうなっているかを本部の人に伝えにいくんだよ。
  それに、彼女って、そんな話は今までしてないのに、なんで急に…」
 成績、家庭環境、ルックス、すべてが中の下といったところの、
 この、何かを教えて結果を出さなければいけない側としては(失礼だが)
 非常にやりづらい高校生に、そうやって無難に答えた。
 何より、本部へ…、というのは事実だった。
 「いやぁ、それがね?先生、聞いてよ。
  俺の友達が、俺と一緒に彼女作らない同盟を結んだ奴が、
  先週彼女を作りやがって、明日デートなんだってさ…」



 その後は、青春を感じさせる妄想の話を延々と聞かされるハメになった。
 2時間の仕事時間のうち、勉強というものをしていたのは、最初の30分程度
 だった気がする。
 まぁ、でも、これも仕事だと、いつもあまり気にしないようにしている。
 

 …そういえば、なぜこの生徒は今日帰りが遅かったのか、なぜこの母親とふたりで
 夕食を食べさせられたのかの理由を聞き忘れた。
 まぁ、それも仕事だ。