どうでもいい作品?

  • よくわからないもの…

 彼女は言った。


「明日にも宇宙はなくなって、バターみたいな空がどうでもよさそうに
 クルクルと回る。
 だから今のうちに、顔のない電車に乗ってライオンが王様の国に行って、新しい
 ユーカリの葉を食べましょう」


 僕はさっぱり意味がわからなかった。
 ただひとつわかったのは、彼女は普段、電車には顔があると認識している、
 ということだ。


「それは、電車じゃなくて、機関車じゃないのかい?」


 僕は的外れな質問をした。あるはずのない的を狙ってもしかたがないから。


「電車でいいのよ。だって機関車は空を飛べないじゃない。
 電車で空を飛んで、空の顔を踏ん付けてやるの」


 頭を抱えることもできず、僕は、笑った。無理矢理上唇をあげて歯を見せて
 笑ったから、少しだけ疲れた。声を出せるほどの勇気もなく、
 怒るほどの度胸もなく、頑張って笑った。


「あなただって、そう思うでしょ?」


 メニューを見ないで頼んだ紅茶を音を立てずにすすってから、彼女はまっすぐ
 こちらを見て言った。左手の人差し指に絆創膏が巻いてある。
 ほかの指と少しだけ色が違う。カップを置くときの音が大きい。


「うん、そうだね」


 目の前のコーヒーカップに手を掛けたまま、僕は車を指差して喜ぶ子供に応える
 親のように言った。
 一応もらってきた砂糖は、開けないまま左の脇に置いてある。
 タイミングを逃し続けて、嫌な温度のコーヒーを半分ほど残している。
 指はまだ掛けたままだ。


「そうだよね。50年後はここも何もない砂漠よね」


 彼女は泣きそうなくらいに潤んだ目になって、こちらを見ないようにうつむいて
 笑った。
 ティーカップはもう空になっている。
 僕は罰ゲームを一気にすませるように残りのブラックコーヒーを飲み干した。
 音は立てないようにした。


 携帯電話で時間を気にしていたのは、終電が怖いからじゃなくて、時間内に自分
 の心を開ききれるかわからなかったから。


 …僕は、君の黒い髪に隠されたかわいい耳を見たいと思った。