簡単な平日、無残な休日〜第5話

 コイツと会ったのは、大学に入ってすぐだった。


 高校を卒業した後、一年間は予備校に進学して大学に入った。
 大学受験に際して一年間多く勉強したが、浪人生、という肩書きよりも前の時から
 考えても第2志望の大学に入った。
 ただただ長い休みには自宅の農作業を手伝わされる田舎から抜け出したい一心で
 東京の大学を受験したが、落ちてしまい、2時間もあれば実家に帰ることが
 できてしまう大学に入ってしまった。
 なんとか田舎を抜け出してのひとり暮らしをすることにも成功し、
 地元の範疇ではトップクラスの大学に入ることもできたが、
 自分の中では二浪という嫌な肩書きから免れることができた安心感と
 親というふたつの拡声器からの脱出、という喜びがあっただけで、
 大学に入って何を学ぶだとかはもちろんなく、
 さらに合コンを、たくさんして、多くの女性を知って地元では大きい顔が
 できるといった類の願望や欲求もなかった。



 大学に合格してからも、特に気合が入ることもなかったので、
 生協がどうだとか、講義はどう登録するだとかの話も半分眠りながら聞いていた。
 ある種の地獄のようなサークルの勧誘のビラも、不思議と自分だけはほとんど
 渡されることがなかった。…学年構わずとにかく配れ、と命令が下っている
 体格の良い人々の部活動からは、渡されるというか、ねじ込まれたが。
 これだけ多種多様な人がいる中で、自分ひとりだけがその多種多様さからも
 かけ離れた「別の何か」のように感じられているような気がしたのは、
 あまりにも暇になった大学に入って半年後のことだったが、
 当初からひとりでいることが多かったし、そこを突破してくる人間もいなかった。
 まぁ、そんなものだろう。…頭にあるのはいつもその言葉だったので、
 すべてのことはイメージをはずれることではなかった。
 ビラを無理矢理ねじ込まれることも、ひとりでいることも。


 大学に入って一週間もしたら、すでに同じところで同じ時間に同じカレーを
 食べるようになっていた。日当たりのいい食堂の、日当たりの悪い場所。
 昼時なので多くの実に学生らしい学生や、これまた多くの学生には見えないような
 学生、そして少しの学生ではない人で食堂はあふれかえっていたが、
 自分の周りには席が開いていた。
 まぁ、そんなものだろう。
 何も気にせず食事をしていると、おどおどとした感じの、
 誰が見ても「キャンパスライフ」という言葉に押しつぶされそうな、
 丸い銀縁のメガネをかけシャツをズボンに入れた男が、
 うどんのどんぶりを重たそうに持ってこちらに来た。
 
 「あのう、こ、ここ、いいですか?」
 …と言ったと思う。としか言えないぐらいの小さい声でその優男は聞いてきたので、 
 こちらはただ小さく頷いた。


 …数分後。こちらが食事を終え、皿とスプーンの乗ったトレイを持ち、
 また講義という名の睡眠に向かおうと立ち上がろうとすると、
 隣でメガネを曇らしながら必死に、それでもゆっくりとうどんを食べていた
 猫背の男が急に大きな声―少し裏返った声を出した。
 「あ、あの、今年入学された方ですよね?」
 あまりに突然だったので、スプーンを落としそうになってしまった。


 「あぁ、はい…」
 面倒臭かったが、このタイミングで無視することもできず、つい答えてしまった。



 …つづく